Archive for 3月 26th, 2009

神藤さん。ご冥福をお祈り致します。

木曜日, 3月 26th, 2009

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ご冥福をお祈りします。
僕が初めてロスアンゼルスからアーティストを招聘するとき。
右も左も解らなかった23歳のある日。
僕は菓子折りを持って東京、青山にあるウドー音楽事務所を訪ねた。
その時、初めてお会いした神藤さんは
【何でいちいちこっちに挨拶するんだろう?律儀な奴だな】
と思ったそうだ。
それから二年後、突然、神藤さんが僕に電話をくれた。
君の所でマネージメントしている日本のバンド【STILL ALIVE】を【DEEP PURPLE】のオープニングに出さないか? と、言う話しだった。
このきっかけから、神藤さんに武道館の仕切りの凄さや手際よさ、招聘の大変さ、緊張感。

そして夜の六本木のイロハを教わり、僕は若くして六本木は何処でも神藤さんと一緒だった。
親しくなってからは公私共に色々話しをするようになっていた。

当時、僕は邦楽のイベントを多数手がけていた。神藤さんと、雑誌のイベントを企画したのだ。
【SHOCK AGE】
と題したイベントは渋谷公会堂(現在C.C.レモン)で満員となり、イベントは成功し、多数のアーティストがメジャーへ旅立っていく。神藤さんとどんどん仕事が進んでいた頃で、夜の時間もエスカレート。

その後、当時、仕事仲間の大谷君【彼も既に他界してしまった】が【黒夢】をマネージメントしていて、ウドーの神藤さんを引き合わせた。

ウドー音楽事務所が邦楽興行をするのは当時珍しかったし、僕はこの状況に憧れていた。
ウドー音楽事務所が興行や物販を行うのはクオリティーが高く、その仕事は感動的だった。

その後、僕はレコード会社各社と沢山お仕事させて頂きながら、神藤さんにはいつもアドバイスを頂いていた。
FM東京のレギュラー番組、ラスベガス ハードロックホテルJOINTのライブ、富士急イベントなど、一緒に手掛けた仕事は忘れる事は無いだろう。めちゃくちゃだったけれど、面白かったな。
そして去年、入院して、御茶ノ水の病院を退院してから僕のblogに登場して頂いた。

糖尿だったのでインシュリンを欠かせなかった。

青山のオープンカフェで、なぜかワインを飲みながらお話したり、いつも豪快で男らしい。
去年、仕事が変わったと言う話で、何回かオールナイトのトランスイベントを一緒に仕事した。

スチュワード・コミュニケーションズ株式会社と言う会社で、永石社長を紹介された。

そこには懐かしい顔の人もいて、一緒に3日間連続のキャンプのような仕事をさせていただいた。

ランドクルーザーで会場や客席を走り回って、スタッフとワインを飲みながら大騒ぎしている神藤さんを見ていて懐かしかった。
来月のトランスイベントの次回4月開催の打ち合わせを来週やるはずだったのに…。
去年、野外イベントで過ごした神藤さんのランドクルーザーからの大音量EMINEMの音を思い出す。

いつも武器がトランク一杯に沢山積んであるランドクルーザー。

 救急道具も沢山あって、いつ怪我しても大丈夫なはずだつたのに。
神藤さんからこの前(先々週)の電話。【お前を見習って、俺も酒止めたんだ。今月中に烏龍茶でミーティングやろうぜ!】

これが最後の会話になってしまった…。

いつも人間らしい最高の‘我が儘‘親父だった。
葬式の遺影が、らしくって、よけい辛かった。
太く短い人生で、見習いたいと思わないけど、僕には大切な人だった。
ご冥福をお祈りしています。